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札幌高等裁判所 平成9年(う)180号 判決 1998年5月12日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人近藤明日子作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官田口忠男作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判決は原判示事実を認定するにあたり、証人林宏樹及び同市原雅之の原審各公判供述並びに現場指紋等対照結果通知書(原審証拠番号甲5)により、本件建物内の机から採取された指紋のうち三個が被告人の指紋と合致した旨認定したが、右対照結果通知書は、原審公判において被告人が不同意の意見を述べ、刑訴法三二三条一号所定の書面ではないのに、これに該当する書面として証拠採用されたものであるから証拠能力はなく、かつ、右対照結果通知書を除くと、原判示事実を認定することはできないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、記録を調査し検討するに、原審の公判記録中の関係部分をみると、第一回公判期日において、検察官が証拠として請求した各証拠のうち、右対照結果通知書(北海道警察本部刑事部鑑識課長作成名義で、送付指紋一三個のうち三個が被告人の指紋と合致したとするもの)については、被告人が不同意との意見を述べた(なお、原審では弁護人が付されていない)が、原審裁判所は、第一回公判後の期日外に、検察官から右対照結果通知書を刑訴法三二三条一号該当書面として取調べ請求されたのを受けて、第二回公判期日において、これを採用したことが認められるところ、証拠等関係カード上の記載等にも右採用の根拠が明示されておらず、また、右書面の作成の真正等に関する作成者の証人尋問等の証拠調べも実施されていないことからすると、原審裁判所は、右対照結果通知書について、これを刑訴法三二三条一号該当書面として採用したものと判断される。

ところで、本件の場合のように、事件捜査の過程で、事件現場で採用された指紋を専門的知識・経験を有する者が分析・対照し、これにより容疑者を特定する手法が用いられた場合、右指紋の分析・対照の経過・内容・結果等が記載された文書は、その性格・内容等からして、刑訴法三二三条一号該当の書面ではなく、同法三二一条四項の鑑定書に準じた書面とみるべきであり、これを被告人側が不同意とした場合には、公判期日においてその作成者を証人として尋問し、その作成が真正になされたものであることの立証がなされなければならないものと解されるから、右対照結果通知書を、このような作成の真正の立証を経ずに証拠として採用した原審の訴訟手続には、刑訴法の右条項の解釈・適用を誤ったことによる訴訟手続の法令違反があるものといわざるを得ない(なお、原審記録中の本件捜査に関与した鑑識担当警察官林宏樹及び同市原雅之の各原審公判供述によれば、事件直後の当日午前一時ころ、現場である本件建物内の事務机から指紋を一三個採取し、これを北海道警察本部に送付し、その回答が右対照結果通知書である旨の証言がなされているが、この両証言をもってしても、右対照結果通知書自体の作成の真正の立証がなされたとはいえない)。

もっとも、本件では、現場に遺留された指紋の対照結果が被告人を本件建造物侵入の犯人とする唯一の証拠であったわけではなく、被告人が本件事実を犯したことは、右指紋合致の点を除いてみても、後記のとおり、原審証人Aの目撃状況等に関する原審公判供述等の適法に取り調べられた関係証拠によって優に認定できるから、右訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は結局理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は本件建物に侵入した事実はなく、被告人を建造物侵入の現行犯人として逮捕したAも、被告人が窓から建物外に出てくるところを直接目撃してはいないのに、原判決は同人の原審公判供述に不当に重きを置き、これを有罪の有力証拠として原判示事実を認定したもので、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。

原審証人Aの供述によれば、事件現場建物の管理者から警備を委託されている警備会社の警備員である同証人は、通報を受けて現場に臨場し被告人を現行犯逮捕したが、被告人が建物から出てくるところを直接目撃しているわけではないことは、所論が指摘し、原判決も正しく認定するとおりである。

しかし、右A証言によれば、従業員等もいなくなり人気のなくなった本件現場建物で警報装置が作動し、通報を受けて臨場したところ、建物内から炎のような明かりが二回にわたって灯ったので、警備会社に通報するため無線機を操作しようとして窓から目を離したところ、人が飛び降りたような音が聞こえ、それまで全く人気のなかった建物の窓近くの通路上に被告人が立っていたことから、被告人が建物内から右窓を経由して通路に飛び降りたものと判断し、建造物侵入の現行犯人として逮捕したことが認められ、その他の適法に取り調べられた関係各証拠からも、本件現場建物及びその付近は通行人等が立ち入るような場所ではなく、本件犯行の時刻ころには現実に人気もなかったこと、被告人は捜査段階及び原審公判において「小便をするためにこの場所に来た」旨弁解していたが、逮捕後も逮捕者らに対してたばこを吸いたいと申し出はしたものの放尿を要求した形跡はないことなどからして、その弁解は不自然・不合理で信用できないことなどが認められるのであって、原判決が「証拠」の項で認定・判断するところは、前記の指紋の合致に関する部分を除き、全て正当として是認でき、原判示の事実は優にこれを認定することができる(なお、北海道警察本部刑事部鑑識課職員である当審証人畑山洋輝の公判供述によると、原判示のとおり、現場建物内に遺留された指紋が被告人の指紋と合致することが認められる)。

以上によれば、原判決には、所論指摘のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

三  よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の不負担につき刑訴法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近江清勝 裁判官 渡辺 壮 裁判官 嶋原文雄)

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